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2025年3月、人事行政諮問会議は、国家公務員の人事管理に関する最終提言をまとめました。この提言は、「公務が危機に瀕している」という強い言葉から始まっており、現在の国家公務員を取り巻く厳しい状況と、未来に向けた変革の必要性が強く打ち出されています。
特に、将来の国家公務員や若手職員である20〜30代の皆さんにとって、「給与は上がるのか」「働き方はどう変わるのか」「評価は適正に行われるのか」「どうすればキャリアアップできるのか」といった点は非常に気になることでしょう。この最終提言では、こうした皆さんの疑問に答える形で、国家公務員の人事管理を新時代にふさわしいものへと変革するための具体的な施策が提言されています。
本記事では、この最終提言の内容を掘り下げ、国家公務員の人事管理が今後どのように変わっていくのかを分かりやすく解説します。
なぜ今、国家公務員の人事管理改革が必要なのか?

まず、なぜこれほど大規模な人事管理改革が提言されるに至ったのか、その背景にある現状を確認しましょう。
公務を取り巻く「人材確保の危機」とは?
提言では、「公務が危機に瀕している」と指摘されています。これは単なる危機感を煽る言葉ではなく、国家公務員を志望する人の数が期待通りに増加せず、特に若手職員の離職が増加傾向にあるという現実に基づいています。
生産年齢人口が減少する中で、優秀な人材を確保することが極めて困難な状況に陥っているのです。この状況を放置すれば、国民生活への深刻な影響や、国際社会における日本の影響力低下を招く可能性があると警鐘を鳴らしています。
変化する若年層の働き方・キャリア意識と公務の現状
現代の若年層は、かつてのように一つの組織で定年まで働くことを当然とは考えていません。自身の市場価値を高めることや、仕事を通じて早期から成長できる環境があることを重視する傾向があります。
一方、国家公務員の人事管理は、こうした社会や人材側の意識変化に十分対応できていないとされています。人事・給与制度の複雑さ、長期雇用を前提とした採用年次重視の運用、一人ひとりに向き合ったマネジメントの不足などが課題として挙げられています。
限られた人材でパフォーマンスを最大化するための「投資」への転換
国家公務員の数を大幅に増やすことは難しい状況です。こうした中で、複雑化・高度化する行政課題に対応していくためには、「人材に『投資』して、そのパフォーマンスを最大限に発揮できるようにし、一人ひとりの仕事の付加価値を高める」という発想への転換が必要不可欠であると提言されています。
新時代にふさわしい人事管理への「パラダイムシフト」

提言では、上述のような危機的状況を乗り越え、限られた人的資本で最大のパフォーマンスを発揮するために、新たな時代にふさわしい人事管理への「パラダイムシフト」が必要であるとしています。
全体共通の改革方向性:国民のための公務と働きがい
国家公務員全体に共通する人事管理の変革の方向性として、まず「国民全体の奉仕者」としての使命を明確化し、国民からの信頼をより強固にすることが挙げられています。
また、各府省が目指す方向性や重視する価値(ミッション・ビジョン・バリュー:MVV)を明確にし、職員一人ひとりの行動と組織の目的を一致させることが求められます。
さらに、幹部・管理職員のマネジメントの質を向上させ、組織全体で働きがいと成長実感を持てる環境を整備し、ワークエンゲージメントを高めていくことが重要視されています。
人材確保の観点から、採用手法の改善や公務の魅力向上と発信も喫緊の課題とされています。
特定職務・職域向けの先行改革:実力本位の人事管理を目指す
約30万人の国家公務員全てに対して一度に改革を講じることは困難であるため、まずは本府省を中心に政策の企画や立案、高度な調整等を担う国家公務員を対象に、先行して対応すべき人事管理の変革が進められます。
ここでは、採用の種類や年次ではなく、職務の難易度や責任の重さに見合った給与を実現し、外部労働市場に見劣りしない報酬水準とすることが目指されます。
また、能力・実績に基づき適切な処遇を受けるため、納得性のある人事評価の運用も不可欠とされています。政策遂行能力の高い人材を弾力的に登用・抜てきするため、給与・評価だけでなく任用の在り方も見直される方向です。
あなたの働き方、給与、評価はどう変わる?具体的な改革施策

最終提言では、上述の方向性に基づき、新時代の人事管理を実現するための具体的な施策が多数示されています。
国家公務員としての「行動規範」明確化
全ての国家公務員が共通して求められる行動の指針として、「国家公務員行動規範」が策定されます。
これは、職員が仕事をする上での判断基準となり、自身の仕事を意義付け、国民からの信頼を得るために必要不可欠とされています。
提言では、規範の中核として「国民を第一」「中立・公正」「専門性と根拠」の3つの要素が示されています。人事院は速やかにこの規範を定め、各府省へ周知・浸透させていくことが期待されています。
実力・職務に見合った「職務基準の給与制度・運用」
特定の職務・職域を対象に、採用の種類や年次に縛られない実力本位の人事管理を進めるため、「等級・報酬・評価」の一体的な改革が提言されています。
等級・報酬の見直し:外部労働市場を意識
職務の難易度・責任が厳格に対応した等級制度を実現するため、職務分析・評価の手法による給与等級の見直しが行われます。これにより、ポストごとの職務・職責に対応した職務の級が職員に適用されることを目指します。
また、外部労働市場と比較して見劣りしない報酬水準とするため、ポストごとの給与水準設定が見直されます。
幹部・管理職員の給与水準は、職務分析・評価をベースに外部労働市場と比較して見劣りしない水準に引き上げるべきであるとされています。将来的には、課長補佐等の給与も職務基準を強めていく考えが示されています。
公務全体の人材確保のため、国家公務員全体の給与水準の在り方や、官民給与比較手法の見直しも行われます。比較対象となる民間企業の規模を拡大することなどが検討されます。
さらに、社会経済情勢の変化に対応した諸手当体系の抜本見直しや、高度専門人材向けのより高い俸給水準設定も必要とされています。
喫緊の課題として、室長級昇任時の給与が下がるケースや、役職と給与等級が厳格に対応していない運用を解消するため、在級期間表の廃止などが検討されます。
納得と成長を促す「人事評価」の改善
能力・実績に基づく人事管理を徹底するためには、人事評価結果が登用や給与処遇の根拠として十分な精度を備えることが不可欠です。
提言では、現状の課題(人材育成やマネジメントへの活用実感の乏しさ、評語の識別性の弱さなど)を踏まえ、評価運用の改善が求められています。
昇任時における評価の実効性を高めるため、条件付昇任期間を延長するなど、昇任の可否判断をより実効的に行う必要性が示されています。
また、人事院において、目標設定の明確化、評価者会議の開催、評価者の多面観察(マネジメントサーベイ)活用などの運用改善が試行され、各府省に展開される予定です。
人事評価結果と給与上の考課査定結果を連動させ、メリハリある評価を行うことや、評価結果の分布目安の設定なども検討されます。
改革を支える「基盤環境」の整備
職務基準の人事運営を確実に実行するため、基盤となる環境整備も提言されています。
各府省の「組織・人材戦略」と「人事運営指針」策定
行政課題が複雑化する中で、各府省は先行して取り組むべき政策領域を特定し、その実現に必要な人材の質・量を明らかにする「人材ポートフォリオ」を念頭に置いた「組織・人材戦略」を明確にしていくことが必要です。
また、上司と部下のコミュニケーションやマネジメント力向上などを具体的に言語化した、府省ごとの「職務基準の人事運営のための指針」の策定も重要とされています。
きめ細かい人事管理に向けた「デジタルツール活用」
職員個別の多様な状況にきめ細かく配慮した組織運営のため、職員の経験やスキル、キャリア意向などをデータ化し、「タレントマネジメントシステム」のようなデジタルツールを活用することが重要です。
これにより、人材ポートフォリオとの整合性を意識した人事管理が可能になると期待されます。
意欲を高め成長を実感できる「魅力ある勤務環境」
職員が意欲的に働き、成長を実感できる公務を実現するための環境整備も幅広く提言されています。
「長時間労働の是正」と「業務効率化」
長時間労働の改善は喫緊の課題であり、生産性向上のための業務プロセス改革やDX推進、業務量に応じた柔軟な人員配置が進められます。
AIなどの最新技術活用や、働き方改革推進のための人員拡充の検討も求められています。長時間労働を当然とする職場風土の転換や、国会対応など他律的な業務の改善も必要です。
「時間に縛られない働き方」の推進(柔軟な勤務、裁量勤務)
職員の多様な価値観や事情に対応するため、時間に縛られない柔軟な働き方が推進されます。
フレックスタイム制、育児・介護休暇などの更なる活用に加え、短時間勤務制度を育児や介護などの事情がない一般の職員にも拡大することが提案されています。
成果で評価する仕組みとして、裁量勤務の導入も検討されます。
「場所に縛られない働き方」の推進(テレワーク、転勤見直し)
働く場所を自律的に選択できる環境も重要視され、フルリモート勤務を含むテレワークの更なる活用が推進されます。
また、ライフスタイルに大きな影響を与える転勤の必要性が見直され、育児や介護など個人の事情への配慮、必要不可欠な転勤に対する金銭的インセンティブやサポート体制の充実、ライフステージに応じた転勤のない働き方の選択肢導入が提言されています。
「Well-being」の実現(ハラスメント対策、インターバル)
職員の心身の健康確保(Well-being)も不可欠であり、ハラスメントの根絶が強く求められています。
上司からのパワーハラスメント防止策の徹底に加え、業務の範囲を超える過度な要求(カスタマーハラスメント)からの職員保護も進められます。
休息時間を確保するための勤務間インターバル確保も一層推進されます。これらの働き方に関する制度は、民間労働法制に近づけていくべきとの考えも示されています。
「働きがいと成長実感」を得られる環境整備
職員が公務で働きがいを感じ、成長を実感できる環境づくりも重点的に取り組まれます。
「自律的なキャリア形成」の支援(人事納得感、公募、復帰支援)
若年層のキャリア意識の変化に対応し、納得性のある人事評価と丁寧なフィードバックによる育成が求められます。
人事配置についても、組織・人材戦略やキャリア形成支援の観点を踏まえ、職員の希望を最大限尊重し、希望しない異動についても丁寧な説明が行われます。
職員自身が希望するポストにチャレンジできるよう、組織内や府省間の公募が推進されます。
育児休業等からの職場復帰支援も行われ、休業中でも業務情報にアクセスできる環境提供や、復帰後のキャリア形成へのチャレンジ環境整備が図られます。
「主体的な学び」の支援(金銭・時間支援、兼業・副業)
職員の自発的な学びを促進するため、職務に有用な能力開発への金銭的補助や、自己啓発等休業の対象範囲拡大など、金銭的・時間的な支援が進められます。
学びで得たスキルや経験を公務に還元したことを評価することも重要とされています。
また、公正な執行や信用性を確保しつつ、業務や職員の健康に支障のない範囲で兼業・副業を認め、公務外での経験を後押しすることも提言されています。
優秀な人材を「惹きつけ」「選ばれる」公務へ:採用改革

人材確保の危機に対応するため、優秀な人材を公務へ惹きつけ、「選ばれる公務」になるための採用改革も重要な柱です。
受験しやすさ、実効性を追求する「採用試験」の見直し
国家公務員を志望しない理由として「採用試験の勉強や準備が大変」が最も多いというアンケート結果を踏まえ、国家公務員独自の採用試験の準備コストに見合う処遇や業務の在り方に見直しが必要であると同時に、受験者数の拡大につながるよう試験全般の見直しが進められます。
総合職試験「教養区分」の実施拡大や、全国のテストセンターで一定期間内に受験できるCBT方式(オンライン試験)の導入検討により、実質的な採用の通年化を目指す考えも示されています。
「公務の魅力向上」と「戦略的ブランディング」
採用手法の改善だけでなく、公務の魅力を向上させ、戦略的に発信していくことも重要です。
公務職場に対するマイナスイメージを払拭し、職務内容の魅力や仕事で身に付くスキルを分かりやすく言語化するなど、国家公務員という仕事のブランディングが行われます。
人材確保につながる「福利厚生」の充実
宿舎の建設・改修、オフィス環境整備、転居費用の負担軽減など、福利厚生の充実は志望者が魅力を感じる点であり、民間企業に劣らない水準を目指して推進されます。
改革実現に向けた今後のステップ
これらの提言内容を実現するためには、関係者による強力な推進体制が必要です。
人事院・内閣人事局のリーダーシップと各府省の役割
今回の提言は、人材確保の危機を克服し、公務の高いパフォーマンスを実現するための発想転換(人的資本経営の発想)に基づくものです。人事院と内閣人事局が改革のリーダーシップを発揮し、各府省は人事管理の現場で改革に挑戦していくことが期待されています。
改革を支える「実務支援」と「進捗管理」
人事院は、制度運用の適正性を確保しつつ、各府省の人事管理実務を支援します。業務効率化のためのデジタル技術活用、制度の簡明化、各府省の裁量拡大、事後チェックの徹底などが図られます。また、各府省の戦略的人事を支援するため、人事分野の専門性を有する人材の配置など、人材面での支援も行われます。
提言内容の改革を確実に進めるため、人事院は各施策の工程表を作成し、進捗状況を定期的にモニタリングして公表することが求められています。また、人事制度の見直しだけでなく、各府省での運用状況を継続的に把握し、職員の意識や行動の変革にも焦点を当てる必要があります。
まとめ

人事行政諮問会議の最終提言は、国家公務員が直面する人材確保の危機に対し、未来を見据えた抜本的な人事管理改革の方向性と具体的な施策を示しました。
職務基準の給与・評価制度の導入、柔軟な働き方や魅力ある勤務環境の整備、そして時代のニーズに合わせた採用スキームの見直しは、特に20〜30代の皆さんのキャリアやワークライフバランスに深く関わる内容です。
この提言が実行されることで、国家公務員というキャリアが、年次に関係なく実力で評価され、多様な働き方が選択でき、仕事を通じて成長を実感できる、より魅力的なものへと変わっていくことが期待されます。
これは、国家公務員だけのためではなく、国民全体の安全・安心な暮らしを守り、日本を一層発展させていくために不可欠な改革です。
提言内容は多岐にわたりますが、その根底にあるのは「人材への投資」という考え方であり、一人ひとりの職員が最大のパフォーマンスを発揮できる組織を目指すという強い意志です。
今後の改革の進捗に注目しつつ、ご自身のキャリア形成や働き方について、この提言を一つの参考にしていただければ幸いです。