目次
国家公務員の給与や働き方に大きく関わる人事院勧告ですが、2025年(令和7年)の勧告は、「公務の魅力向上」と「人材確保」を軸に、給与水準の見直しだけでなく、働き方や人事制度の改革にも踏み込んだ内容となりました。
この記事では、令和7年人事院勧告の全体像をわかりやすく解説します。
人事院勧告とは?基本的な考え方をおさらい
まず、人事院勧告がどのようなものなのか、その基本的な仕組みから見ていきましょう。
人事院勧告制度の役割
国家公務員は、憲法で保障されている労働基本権(争議権や団体協約締結権など)の一部が制約されています。これは、国家公務員が国家の屋台骨を支える唯一無二の仕事をしており、その地位の特殊性や職務の公共性を踏まえているためです。
この制約に対する「代償措置」として設けられているのが、人事院の給与勧告制度です。人事院は、社会一般の情勢に適応した適正な給与を確保するため、国家公務員の給与について国会及び内閣に勧告を行う責務を負っています。勧告は、給与水準だけでなく、俸給制度や諸手当制度の見直しも含む包括的なものです。
人事院が適正な処遇を確保することは、職員の士気を高め、優秀な人材を確保することにつながり、能率的な行政運営を維持する上で基盤となります。
情勢適応の原則(民間準拠)とは
人事院勧告の最も基本的な考え方は、「民間準拠」です。これは、経済や雇用情勢などを反映して民間企業で決定される給与水準と、国家公務員の給与水準とのバランスをとるという原則です。
具体的には、毎年、人事院が民間企業の給与実態を調査し、国家公務員(主に一般行政事務を行う行政職俸給表(一)適用職員)と比較します。比較対象となる民間企業は、企業規模100人以上、かつ、事業所規模100人以上の事業所です。比較は、職種、役職段階、勤務地域、学歴、年齢などの要素を揃えた「同種・同等比較」(ラスパイレス比較)という精緻な方法で行われます。
この比較によって生じた公務員と民間の給与の較差を解消することを基本に、給与改定の勧告が行われます。
今回の勧告の構成と背景
令和7年8月7日付で行われた人事院勧告は、以下の3本柱で構成されています。
- 国家公務員人事管理に関する報告
- 一般職の職員の給与に関する報告
- 給与改定および関係法令の改正勧告
背景には、国家公務員の人材確保が難しくなっている現状があります。
採用試験の申込者数の減少や若年層の離職増が続く中で、公務の魅力を再構築しようという強い意志が今回の勧告から読み取れます。
出典:
一般職の職員の給与に関する法律|e-Gov 法令検索
令和7年人事院勧告|人事院
公務員の人事制度はどう変わる?
国家公務員の世界において、これまでの人事制度は年功序列型が基本でした。しかし、令和7年の人事院勧告では、その前提が大きく見直されようとしています。
背景には、若年層の国家公務員離れや、民間企業との競争激化による人材流出の懸念があります。こうした課題に対応するため、政府は従来の枠組みにとらわれない抜本的な人事制度改革に踏み切りました。
まず注目すべきは、「選ばれる公務」を目指したブランディングの強化です。
人事院は令和7年5月に「国家公務員行動規範」を策定し、公務の意義や社会的使命をより多くの人に届ける取り組みを進めています。さらに、各府省を横断する広報チームが結成され、学生向けインターンシップや就職イベントの場で、公務の魅力を発信していく体制が整いつつあります。
次に、人事評価と給与制度の見直しが進んでいる点も大きな変化です。
これまでは、在職年数や年次によって昇給・昇進が決まる制度が中心でしたが、今後は「職務の難易度」や「成果」に応じて処遇を決める方向に舵が切られます。
令和7年からは、在級期間制度が廃止され、幹部・管理職への業務調整手当の支給対象が拡大し、さらに、令和8年には新しい人事・給与制度の骨格が示され、翌年には詳細な制度設計が公表される予定です。
また、長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入も、人事制度改革の重要な柱となっています。
月100時間を超える超過勤務の削減を最重要課題と位置づけ、国会対応業務や予算編成といった業務プロセスの効率化が進められます。あわせて、フレックスタイム制や育児・介護と仕事の両立を支援する制度も拡充され、多様なライフスタイルに対応できる職場づくりが進行中です。
さらに、今後の採用プロセスにも大きな変化が予定されています。
令和9年度からはCBT(Computer Based Testing)方式の試験が導入されるほか、アルムナイ人材(離職した元公務員)の再採用ルートも整備される見込みです。地元志向の学生に対応した採用スキームも検討されており、公務員というキャリアがより開かれたものへと進化しています。
出典:
令和7年人事院勧告|人事院
給与改定のポイント:月給・ボーナスはどう変わる?
国家公務員の給与水準は、民間企業との比較によって毎年見直されています。
今年の人事院勧告では、国家公務員の月給が民間平均よりも1人あたり15,014円(率にして3.62%)低いという結果が明らかになりました。
これを踏まえ、令和7年(2025年)の給与改定では、月例給とボーナス(期末手当・勤勉手当)の両面でバランスを取る形での引き上げが勧告されています。
まず月例給については、特に若年層に重点を置いた処遇改善が行われます。
行政職の初任給は高卒程度で12,300円、大卒程度で12,000円の引き上げが行われ、それぞれ月額200,300円、232,000円となります。
総合職(大卒程度)も同様に12,000円引き上げられ、初任給は242,000円になります。
加えて、30代後半までの職員が多く在籍する号俸帯を中心に改定が行われており、人材の確保・定着を見据えた構造となっています。これらの月給改定は令和7年4月に遡って適用される予定です。
また、期末手当および勤勉手当といったボーナスについても、民間企業との均衡を図るために年間支給月数の引き上げが行われます。
具体的には、令和7年の年間平均支給月数をこれまでの4.60月分から4.65月分に増やし、少しでも処遇格差を埋める措置が取られます。令和8年(2026年)以降は、前期・後期での支給月数を均等にする方針が示されています。
| 区分 | 改定額 | 改定後の初任給 |
|---|---|---|
| 一般職(高卒) | +12,300円 | 200,300円 |
| 一般職(大卒) | +12,000円 | 232,000円 |
| 総合職(大卒) | +12,000円 | 242,000円 |
出典:
令和7年人事院勧告|人事院
その他の手当の見直し
月給やボーナスの引き上げに加えて、今回の人事院勧告では、国家公務員の働き方や生活スタイルの変化に対応するため、各種手当の見直しも大きく進められています。
給与本体だけでなく、日々の業務や生活環境を下支えする手当の充実は、公務員の処遇全体の満足度向上につながる重要なポイントです。
まず、通勤手当については、自家用車通勤を行う職員に対する支給基準が見直されました。
具体的には、通勤距離に応じた手当額が一部引き上げられるほか、通勤距離の上限も拡大され、100km以上の通勤にも対応できるようになります。さらに、令和8年(2026年)からは、月額5,000円を上限とする駐車場利用に対する手当が新設され、地方勤務の職員にとってより現実的な通勤支援が実現されます。
また、遠隔地や困難地への転勤を伴う職員への支援も強化されます。
従来は一部の手当と相殺されるかたちで十分な支給が難しかった特地勤務手当については、他の手当との調整措置が廃止され、転居を伴う異動に対して新たな手当が支給される仕組みが導入されます。これにより、地方や離島で勤務する職員の経済的負担が軽減され、全国どこでも働ける環境が整備されつつあります。
さらに注目すべきは、最低賃金への対応です。
人事院は今回、月給が地域別の最低賃金を下回る可能性がある職員に対して、その差額を補填する「最低賃金補完手当」の新設を勧告しました。人材獲得競争が激化する中で、公務員の報酬が法的基準を下回ることのないよう配慮が行き届いた施策といえます。
そのほか、医療職向けの初任給調整手当や、夜間勤務に従事する職員への宿日直手当の限度額も改定されるなど、専門職や特殊勤務への対応も強化されました。
出典:
令和7年人事院勧告|人事院
今後の見通し
令和7年の人事院勧告は、公務員制度の土台を大きく揺さぶる転換点となりましたが、改革はまだ道半ばです。
すでに人事院は、令和8年度(2026年度)中に、新たな人事・給与制度の骨格を策定する方針を打ち出しており、令和9年度(2027年度)には、その制度設計の詳細が示される予定です。
その中心にあるのは、「職務・成果に応じた処遇」の本格導入です。
年功序列に依存しない評価制度の構築や、組織内での柔軟な人材配置、職務の専門性に応じたキャリアパスの整備など、民間並みの柔軟性と競争力を持った人事制度への転換が進められています。
これにより、公務員という職業が「安定」だけでなく、「成長」「挑戦」「専門性」というキーワードでも語られる時代が訪れようとしています。
さらに、令和9年度からは基礎能力試験のCBT(Computer Based Testing)方式の導入が予定されており、採用試験そのものにも大きな変化が加わります。これにより、受験の利便性が向上し、多様な人材が国家公務員を目指しやすくなる環境が整備されることが期待されます。
出典:
令和7年人事院勧告|人事院
まとめ
令和7年の人事院勧告は、単なる給与改定にとどまらず、公務員制度全体の刷新に向けた出発点となりました。
月給・ボーナスの引き上げを通じた民間との格差是正、手当制度の再構築、働き方改革、さらには制度そのものの抜本的見直し——これら一連の動きは、これからの公務員像を大きく変えていくものです。
少子化や若者の職業観の変化が進む中で、公務員制度が「選ばれる」存在であり続けるためには、時代に合わせたアップデートが欠かせません。今回の勧告を機に、公務の現場では処遇改善だけでなく、働きがいやキャリア形成の面でも新たな選択肢が広がっていくでしょう。
